人間の本脳にはいろんな潜在する能力が存在する、動物である人間は進化を続け
昔の危険を察知したりする能力がおとろえてくるのかもしれない。
中学のときであった、土曜の夜にいつも鶴光のANNを聞きながら勉強するのが日課であった、そのときも勉強していた。しかし、なぜか、玄関先が気になってしょうがない、夜中にどうも外にでてくなった。導かれるように外にでた、なまあたたかい風が吹き、気持ち悪くなってきた。
向かいの家は増築工事をしており、材木がつんであった、材木が音を立てて崩れ去った。

翌日早く電話があり、友人がガス自殺をしていた。たぶん、あいにきていたのだろうと解釈した。死に対しての概念や人生観などが確立していない自分は死へ恐怖と霊を信じるようになった。
人が死ぬとどうなるのだろうか?霊というものがあるのか?科学的に証明できない。
自分のそ祖母がなくなったときのことも覚えている、不思議といまでも記憶している。
小学一年生のとき、土曜日であった、下校時、ガードしたくぐる時に「 お線香 」 の匂いがした。急いで帰ってみると、明治10年西南戦争の時に生まれた長七の栄枯盛衰をみてきたそ祖母が老衰で死亡していた。そのときは、自分のあの匂いの意味がよくわからなかったが、
いまでもあのときの情景を時がとまったかのように記憶している。
人間は微力な電気信号を神経に送り活動している。電気はどこで発電しているのかわからないが血液の中のヘモグロビンが鉄分を含んでいるのか、もひくは、摩擦などにより電気を発生させて電位差で信号を送っているのだろう。
僕の推論としては、霊は、電磁的なもので、地球の電磁場の中で生まれて死んでいく人間は
なんらかの活動において次元の違う電磁的なものが 霊 として存在するのではないのだろうか。われわれのすむ世界は時間軸を基準とした物質が存在するものであるが、次元のより高い世界では、違う指標の軸が存在し時間や空間などの必要のない世界なのだろうと推測する、
一番不思議な体験は妻との出会いであった。あまり、このことをいわないほうが自分にとってはいいのだが、彼女の合う前にデジャブーであっていたのである。
今の妻を見た瞬間は、衝撃的であった、「 こんなことがるのか」心臓が止まりそうであった。
それから、付き合い結婚までいくまでの道のりは大変であったが、人間の出会いは偶然でなくて、必然的におこなわれているという、江原さんの考えは納得するのである。


わたくしの生まれた家は、樽屋であった、江戸中期からずっと、続いた家であり、裕福な家であったらしい、灘の生一本というブランドで江戸時代に西宮で沸く名水 「宮水」と、山田錦というお米で丹波杜氏といわれる人々がおさけをつくり、樽廻船という帆の船で江戸のまちへ送る
その容器が樽であった、吉野杉と竹だけで作り、その杉の成分がおさけを変化させ、綺麗に澄んだ辛口のいい酒に偶然なり、どんどん製造量が増え、まちぜんたいが潤ったのである。
幕末維新と、混乱する中、本家のお酒造りは伊丹周辺であったが、相次ぐ増税などで小さい酒造家たちは廃業に至っていった、しかし、灘地方は海運産業があり、なんとか持ちこたえていてようだ。そんな中、灘の浜で漁業を営む網本の家にうまれたそ祖母は、景気の良かったうちの先祖に嫁入りしたのである。おそらく明治25年ごろである。時代背景としては第二次伊藤内閣のころで軍備拡大や財政のきびしかった時代であろう。
大正になり子供もたくさんでき家も繁栄し、町会議員をしたり青年会のリーダーになったり、町で活躍の長七家であったが、その後、戦争を迎え家業廃業、当主早死に、いまのぼくの父が10歳のころそ祖母と子供5人のなり、しかも国道43号線の立ちのきなどがあった。
良い時に嫁ぎ、死ぬまでにその家が廃業を向かえ自分の子供でさえ先になくなる厳しい現実の中、そ祖母は91歳まで生きた、苦難の人生であったとおもう。
ほとんどぼくの意識の中には寝たきりのときしか知らないが、僕をあやしながらなにかを僕に
告げようとしていたとおもう。
今の店が、長七食堂という屋号にするには、妻の考えがあった。なぜか、判らないが、突然、
言い出した。そ祖母と妻のチカラによって、いまも僕は必死になって売れない時代を生きている。偶然の出会いの中で、必然の思いがする、
友人がしんで霊になってあいにくるような体験も、なにかをいいたかったのかもしれない。
不思議な大変かわった、体験を誰しもあるとおもう、それにきずくか否かでだいぶ変わった人生をおくるのだろう。
たびたび、ささいなことで危険を免れたことがあり、たとえば高校の文化祭で工業高校であった自分は電力がいし実験を二人で見せていて、危険なので二人でやるのだが、たまたまひとりでやることになり、何万ボルトの電気のSWを切り忘れてガイシを触ろうとしたそのときに
ささやきがきこえた、「 あぶない 」で、あわててもどった、誰かが守ってくれたと感じだ。
喘息がひどく呼吸がとまりかけ病院に救急車ではこばれ待つ間にも発作がでて、意識が亡くなった、遠い世界で誰かが叫んでおるような感覚があった、なんとか、酸素マスクと点滴でICUで元気になったが、あのときも誰かに守られているのを感じだ、

迷信や思い込みであるということもあるだろう、しかし、DNAを分析してその数値の変遷ににかしら記憶するべきものがあるはずだ。それこそが、輪廻であり、ある意味の僕の中の生まれ変わりを感じるのである、
輪廻