song is love
オフコース 5枚目(ライブを含む)。このLPを本日2006.8.22聞いてる
なんと、レコーデイングしていたのは1976年8月15日から翌月9月20日まで。なんと、30年前。30年か・・と感動したまで。
ぼくはこの作品が、ある意味転換期にオフコースが入ったように感じる。76年7月にはれてオフコースカンパニーができて一月、
従来のレコーディングの時間な制約をうけないために、初の合宿となった。箱根、ロックウェルスタジオ。(いまはもうない)
この合宿では大間、松尾が参加した、清水はバッドボーイズの関係で参加できず、代役で小泉良司が参加。松尾は武藤氏と大間にさそわれてふらっときたのである。
「ランナウェイ」鈴木。得意なアップテンポな曲。続き2曲めも鈴木の歌。
「ピロトーク」 アクセントの音は、木魚。その木魚をたたくのは、なんと、武藤氏であった。3曲目 「心は気まぐれ 」これは小田の作品。
ハーモニカで松尾が参加。松尾のハーモニカ切ないおとがでる。
「 ナマイキナオンナ・・・まだ私は若いから・・」
意味深な歌詞、当時のファンはひいたにではと、心配するが、ぼくは、
もてない男の代弁をしてくれたと、むかしから、すきっとした感想。
4曲目・・「 ひとりで生きてゆければ」 シングルカットされた歌。
僕が好きな歌。東京は・・・かん、 ぽん。 というフレーズが好き。
東京のイメージは、東京にすまない人のイメージ、東京に対する恐れ、孤独などを対照的に感じてしまう。かん・・はジローで、ぽんの音やっさん。
ひとりで、このまま、いきてゆければ・・のあとの。やっさんの
ワーワーとかぶせる声。たまらなく、澄んで綺麗です。
小田さんもまだ、歌い方ものど全体でなく、のどの上部を震わすような感じを全般的に感じます。
とんで、B面、鈴木の名作。「思い違い」
デビューのコロから約6年間を経ての気持ちがこめられた・・

「まだ、私が駆け出しのころ、
たった、ひとつの歌を歌うために長いたび、
声を張り上げ、ギターかき鳴らしても・
少しも手ごたえはない。。」

「 青空と人生と 」
小田さんの作品、歌の道を選び。歌を歌ことでの存在価値、自問自答しているような歌。

「歌をささげて」では、永遠のライバルであり友人である。赤い鳥の
解散、ハイファイセットの結成。その彼らに送った歌とされる。

このLPと、フェアウェイ、ジャクションと3部作といわれ。
ぼくにとっては、すごく聞き惚れたLPだが、彼らは方向性をもさくしていたのだろうか?

中の歌詞カードの小田さん、鈴木さん、じつに若い。かわいいのである。
このあと数年で小田さんは、変貌してゆく。