ヤングヤングミュージック・イン・テクニクス

僕は知らなかった。こんな番組があるとは、それにもまして、MC嫌いのオフコースが番組を担当していてことに驚愕して反省した。要するに彼らは、MC嫌いでなくて、MC下手だけだったのだ。
「はじめのいっぽ」やoffデジタルDVDにも少しでています。
そこから、雰囲気だけでも、味わって見ましょう。

スポンサーの会社はテクニクス、松下電器のステレオのブランドである。関西では、角淳一とさとうよしこがMBSでテクニクスの提供で関西の梅田のショールームから録音、放送していた。
関東では、ラジオ関東が当初、かぐや姫が司会でおこなっていた、あの饒舌な南こうせつ・・
場所は、オフコースのホームグランド、横浜。
その横浜の関内駅北口から、まっすぐ海に向かうところにそのビルはあった。
オフコースはこの番組を2年も担当した。
その後、発展的に、小さい部屋、という実験的なコンサートにつながってゆく。彼らはこの番組から たくさんのうたをうんだ。

しかし、当時の若い小田、鈴木、実にかっこいい、じつにかわいい、実うたがうまい、演奏もうまい。
しかし、ラジオのキーポイント、話が面白くなかった。
しかし、女子高生はどんどんふえた。彼らのとりこになってゆくひとはいいが。ラジオじゃおもしろくなかった。彼らは番組前に来ている女子高生にテスト前になると、勉強までおしえてりしていた。

当時の小田さんのMCをひとつ。
「 僕は寝るときはパジャマを着て寝ます。でもどうしても寝てると
背中がめくれてしまい、背中から風邪をひてしまいます、
だから、毛糸の腹巻をかったんですよ、そしたら、今度は腕がめくれて腕から風邪をひくみたいで・・・えんえんつづく」
喫茶店でもこういう話をすれば、だれも聞かないだろう。
ぼくはこのまずいMCをどうどうとする当時の20代前半の小田さんの心理状態を推測する。

おそらく、前夜からMCは仕込むんんだろう、しかし、相当悩んでいたと思う。要するに彼らは、人と会話することが苦手であったのかもしれない要するに、人はどう思う、人はどう感じる。という、人間観察という部分で欠落していたから、人を信用できなくなったり、
自分たちのまわりにバリアみたいなのをつくって守ろうとしてします。自己表現の手段は、結論として、歌しかない、
そう、なったのではないかと思います。

しかしながら、その後、もまれて、だんだんと、進行やMCもできるようになりいろんな企画でいまでも興味深い、
オフコースのちいさな部屋に発展するのであった、
(べんとうや)