大間 ジロー 

大間ジロー、いつしか、ジローのほうが定着してしまった。
ドラマーである、彼のエネルギー満ち溢れるドラムでオフコースの力強いロック色をだすことになった。
1954年5月14日 秋田の十和田湖の近くで生まれた。
中学のころ、ビートルズに没頭し。それまでは、テレビのグループサウンズに惹かれ、高校のときバンド こうもり に参加、
松尾との出会いは、高校の終わり。
秋田ではアマチュアでは有名なボーカル 松尾であった。
その後、松尾とバンドを組むことになる、ドナルドダック。。。
その後、バンド名をジャネットと名前を変え、テレビのコンテスト
ザ、チャレンジという番組で、優勝し、プロの道に入る。
しかし、事務所に入るわけでなく、彼らは2年間、売れない生活を続け解散してしまう。
生活の為にバイトを2件かけもち、昼から夜10じまで喫茶店。
それから、また朝5時までサパークラブでボーイをする。
秋田に帰る、母の待つ、友人のまつ、秋田にはかえらず。
「 音楽の夢を捨てず。しかし、バイトずけの毎日・・だめになる。」
その思いを、当時の武藤氏にぶつけてみた・・
「明日、バイトやすんで、スタジオの来てくれよ、レコーヂングがあるんだ。」
その翌日が運命的な出会い。
オフコースとのであい、であった。

しかし、バイトばかりして、ステイックからすこし、とうのいていた彼は緊張のあまり、まいあがってしまう。
鈴木康博は、丁寧に説明し、緊張をほぐし、大間をはげました。
小田は、腕を組んでみているだけ、いやなかんじがしたようだった。
そんなとき、大間は、
当時札幌オリンピックで金メダルを取った、笠屋幸男のジャンプのもの前をする・・
やっと、小田は笑った。

大間は、オフコースのみんなから、愛されるべき人間だった。
いつも、人に安心感を与えるようなかんじだったのでは、と思う。
小田は、あの時は腕を組んでものもいわなかったのに。
LIVEのLPのジャケでは、抱きしめている。(あぶない)

大間さんのあのPV.、若き田中美佐子(じつにかわいい)
に、ほっぺをぶたれるシーンがある。
あのときの大間さんの表情が好きだ。
しかも、田中美佐子にだめだしだされてるときのほうが好きだ。
なぜなら、彼の人柄がよく出ている。
打つシーンでは、ぶつまえに、こわがってはいけない、
そういうことを、若い田中美佐子に、いわれてるのだ。
人生経年たくさんある。大間は、いつでも正直で。
演技などできないのだ。まっすぐなのだ・・・