4 オフコース

オフコースが、武道館10日間を終え、彼らはみんなぼうぜんとしただろう。

「 4人でも、やったらえんねん、4人でもやってるグループあるやろ・・」
清水はこう、つぶやいたのだろうか。
小田さんは、「とにかく、3年がんばろう。あとの3人が自力でいきていけるようにも・・」そういったのかもしれない。

私事で申し訳ないが、1982年で封印してしまったオフコース。
もう、聞こうと思わなかった。再発まで期間がながかったことや、他の音楽に気をとられてしまうことや、就職して必死だった。
時代は大きく変わった行こうとしていた。
「尾崎豊」の登場。プリプリ、レベッカ。すごいのが、どんどんでてきていた。

今、改めて、4人時代を聞く、おそいけど、じっくり聞く、

実に、穏やかで、きらめくような音楽ばかりだった。
AORの雰囲気が漂うもの。
小田さんは自ら、テレビに出まくり、プロモートしまくった。
あの、大嫌いなオフコースを批判しまくったタモリの、笑っていいとも、にも
でていた。ネスカフェのCMにもでた、
全員で各局のFMにプロモーとにもいった。
「 君が、うそをついた。」
こうして、彼らの4人時代がはじまった。

もし、さよならが、大ヒットしたとき、ベストテンにでていれば、1位になっていたかもしれない。マスコミの利用、相乗効果、
そういうのを利用しなかったオフコースも、
4人で路線をかえても、がんばったかれら・・・

生きるんは難しいな。