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阪神淡路大震災でほぼ崩壊した建物を写したネガを発見しました。
歴史的には古いかどうか理解してないのですが、阪神大空襲で石屋川沿いにおいて
アメリカ軍の爆撃、焼夷弾の落下などでも火災で崩壊していたなら、戦後の建物
になります。しかし、建物の立て方をみると古さを感じます。

父に確信したところ、これらは戦前の建物ということです。昔の神戸と言う写真集には
全焼した風景が載せられていましたが、おそらくそれはいまのいずみや付近なのかもしれません。集中砲火で目標とされたのは石屋川であり、ほたるの墓のアニメ版ででてきます。
この画像は、いまはなき御影工業高校の写真クラブで撮影にいき、自分で現像し
焼き増ししたものです。昭和50年ごろです。

屋根の立て方が独特で、面を一つ増やしています。火事をふせぐためか?
北風にあわないためか?単なるデザインか、おしえてほしいものです

画像1
びるの上から望む
石町1丁目の路地。


写真は石油コンビナートを望む、まだ、六甲アイランドへの道は影も形もありません。福寿の看板がみえます。通風と気温管理を重視した立て方です。

独特の立て方でした、路地が細い道は昼間でも暗く、味がありました。
麹のにおいがして、誰もいない蔵のまわりは遊び場の場所でした。
この酒蔵のあがったところ、43号線の真ん中にわが先祖、「 樽屋 長七 」
の工場兼自宅がありました。
御影郷の「 福寿 」さんは、いまも盛業されています。
神戸酒心館として、観光地としても有名になっています。
http://www.shushinkan.co.jp/