now off course

ネットの時代はすばらしいものです。ネットでオフコースのメンバーたちを紹介します。
小田和正
http://www.fareastcafe.co.jp/
説明するここもなく、人気とともにある、K.ODA

鈴木康博
http://www.omgnet.co.jp/framepage1.htm
やっさんは、いいおやじの顔をしてます、

大間ジロー
http://www.omajiro.com/
ドラムの元気なジロー。ABCでがんばってます。

松尾一彦
http://www.gallery-untitled.com/
ジローとは長いつきあい、甘い声、彼の声なくしてオフコースはなりたたない、小田さんの声が前に出るのは彼の
はもりの声、

清水仁
残念ながらHPはないみたいです、
ABCのサイトでその活躍を見れます。
http://www.abcweb-jp.com/information/index.html


ジオフコース時代
地主道夫さんは結成時にいたメンバーですが、脱退されます。同姓同名で竹中工務店のえらいさんがいるのですが
はたして、本人なのか・・・

1969年に結成し小田和正、鈴木康博、地主道夫の3人が聖光学院高校時代にフォーク・グループを結成したのがはじまりです。1969年に「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」に出場し、第2位(第1位は「赤い鳥」だった)。このコンテストで1位を取ってジ・オフ・コースをやめようと思っていた小田と鈴木は、この結果に納得いかずバンドを続けることに決めます。1970年4月、東芝からシングル「群衆の中で」でデビュー。
ちなみに赤い鳥もすごい日本を席巻しフォークの世界のスターになったが、ジオフコースも、フォークそのものだった。
どちらもPPMにすごく影響を受けている。
ちなみにPPMとは、大気中の窒素のレベルを図るものでなく(こら!)ピーターポールアンドマリーは1961年、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで出会ったピーター・ヤーロウ、ノエル・ポール・ストゥーキー、マリー・トラヴァーズの3人によって結成されたピーター・ポール&マリー。ライヴ・ハウスでのステージが評判を呼び、翌1962年にレコード・デビューを果たします。そして、デビュー曲の「レモン・トゥリー」を皮切りに、「天使のハンマー」「パフ」、ボブ・ディラン作の「風に吹かれて」「くよくよするなよ」といったヒット曲を連発、ギター2本+ハーモニーというシンプルながらも力強いサウンドが多くの人々の心を捉えました。さらに、彼らの持った社会性も含め、1960年代前半のモダン・フォーク・シーンを代表する人気グループとなりました。その後も、ジョン・デンヴァー作の「悲しみのジェット・プレーン」を初の全米No.1ヒット(1969年)にするなど、数々の作品を生み出していきます。1971年に一度は解散したものの後年復活、そして21世紀の今もなお3人は現役として活躍しています。男性女性で混合のハーモニーを聞かせるのだが。山本潤子さんのやくわりがジでは、男になり、ジオフコースは男子校で結成あれたため彼らの高音に磨きがかかったと推測する(俺だけそう思う)。赤い鳥はその後、解散し、ハイファイセットと
紙ふうせんに分裂する。どちらも活躍する、彼らの歌の才能に敬礼!赤い鳥は竹田の子守唄/翼をくださいで大ブレークする。ハイファイの山本潤子はオフコースと縁がふかいですよね、小田とも鈴木とも共演している、