80. 伊丹大豪雨と監査開始。

若干前後するが、忘れられないものとして、平成6年の秋。
ガスト転換後だったと思うが、伊丹や大阪北部の街に集中豪雨があった、
その日は休みで、河本君が一人出勤。
夕刻より、ぼくは出かけていて、どんどん雨がきつくなってきた。
ワンルームに帰り、店から電話があり、
「大雨なんですが、どうしたらいいでしょう?」
ぼくは、そこまで降っているとはおもわず、
「とりあえず、店にゆく」といって、外にでた、
外にでると、すでに冠水しており、足がすくわれそうなほど
水が出ていた。
道は見えなくなり、店にいくと、通行していた車が避難してきたり
帰れないお客様がいた。駐車場は満車であった。
水がどんどん増え、店の入り口まで水位があがり
閉めて、段ボールで浸水を防いだ。
エリアマネージャーを呼んでも来れないということで
閉店命令がでた、
しかし、閉店命令が出ても、避難してるひとや、既に駐車場は冠水して
車はほとんど水没していた。
帰るに帰れないのである。
ぼくは、4WDの車高の高い車なのでなんとか、水はつからず
しかし、その日は水が引くまで、お客さんとともに店に泊まった。

朝方になり、裏からお客さんはでて、自分も帰った。
10時過ぎ、復旧のため、店にいくと、冠水した車が多数有り
水がエンジンルームまで入ると動かない、動かない車が半分もあり、
お客さんは、JAFの電話番号を教えてくれというので、調べて
店の公衆電話のところに貼りだした。
キッチンが冠水していると、消毒しないといけないのだが
それは大丈夫だった。
前日の被害を調べて、片付けをしているときに・・
現れたのが
「総合監査、入りますー」
ということで、監査の人が二名こられた。
一人はプレ入社のときに世話になった中山さんだった。
ぼくは、こんなときにでも監査をするのですか?
と、聴くと、するという。スケジュールが「つまっている」ので
無理という。
ぼくは、その最初の監査から躓いていたのだ。
心の中では相当むかつきながら、いろんな応対しつつ
やはり、酷い点をつけられた、致し方ない。
一番、むかついたのは災害のJFAの電話番号を
手書きではっていたのが、コメント入りで失点になっていた。
ぼくは、もう、監査なんかどうでもいい。と思った。

中山さんと、落とし物のルールについてのトラブルはあった。
落とし物は栗林公園で苦労した苦い記憶があり、
きちんとしたものを作っていたが、中山さんの知識不足で
これまた失点となったが、のちに監査リーダーから謝罪の
電話があった。
中山さんには世話になったから言い返すこともできなかったが
まあ、どうでもいいか、という感じだった。




今はなき(旧)すかいらーく、その会社にぼくは費やした時間と情熱を思い出させずにいられない。

注意、このページはすかいらーく本部さま、会社さまとなんら関係のあるものではありません、

アドレス引っ越しのお知らせ
ジオシティの閉鎖により、引っ越ししますので

http://longseven.the-ninja.jp/skykarkmemory1.htm
http://longseven.the-ninja.jp/mokujisk.html ( 目次)