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D51について

51は初期型のものと、一般的なものがあります。
ナメクジガタ・・・
D51形として最初に登場した形式で、昭和11年(1936年)から昭和13年(1938年)に汽車製造、川崎、日立で95両製造されました.機号はD511〜85、91〜100です.流線形の要素を取り入た丸みを帯びた煙室扉まわりや煙突から給水温め器、砂箱、蒸気ドームを一体化したカバーで覆われた形状から「なめくじ」と呼ばれ親しまれました.特に22、23号は覆いのカバーが運転台の前まで延びた形式でしたが、のちに他と同じカバーに変更されました.現在D511が動態から静態に移行して梅小路で保存されているほか、17両が静態保存されています.



D50の近代化改良形として、昭和11年(1936年)から昭和19年(1944年)に汽車製造、日本車輌、川崎、日立、三菱と国鉄の各工場(苗穂、土崎、郡山、大宮、長野、浜松、鷹取、小倉)で国鉄最多の1115両が製造されました.日本全国で使用され、「デコイチ」は蒸気機関車の代名詞となりました.最初に製造された一次形は流線形の要素を取り入れ、煙突から給水温め器、砂箱、蒸気ドームを一体化したカバーで覆い、この形状から「なめくじ」と呼ばれました.2次形は給水温め器を煙突前に横に配置した標準形です.さらに3次形、4次形は戦争による資材不足のもとで製造され、工作を簡略化したり代用資材を使用して製造されましたが、戦後標準形へ戻されています.
この機関車も軍への供出で中国に送られたほか、同形機は台湾(DT650形)と戦時賠償用として戦後新造してサハリンで使用されました.C61形D61形への改造がありましたが昭和40年ごろでもまだ1000両が在籍し貨物用の主力機関車として活躍しました.最後は昭和50年(1975年)まで使用され、現在JR東日本で1両動態保存されているほか、181両が静態保存されています.

D51(標準)形諸元
軸配置 2-8-2 付熱全面積(m2) 221.50
機関車運転重量(t) 78.37 水タンク容量(m3) 20.0
動輪上重量(t) 59.56 燃料搭載量(t) 8.0
炭水車運転整備重量(t) 47.4 缶中心線高(mm) 2,500
軸重最大(t) 14.3 全長(mm) 19,730
動輪直径(mm) 1400 全高(mm) 3,980
シリンダ、直径×行程(mm) 550×660 機関車長(mm) 12,180
缶圧力(kg/cm2) 15.00 炭水車長(mm) 7,320
火格子面積(m2) 3.27                 

これらの資料はくろがねの道さんにおかりしました

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