久しぶりのガストにいってみた、
親父と飯を食うことになり、車を走らせて、行きたくなかったがガストにいった、
そこは、3回目の訪問、新規オープンして1年過ぎたようだが、
最悪の営業であった。
がっかりした。僕が辞めてもう8年になるが、辞めたときよりもひどく、進歩していないし、営業スタイルも、一番ひどい、しずかにつぶれた営業。
「 あああ・こなければよかった。」そうおもった、やめたときによく見た夢を思い出すようなかんじ、
まず、下げパンであった>下げものがおいつかず、案内できない状態。
入店の反応もまったくない、あの昔、ぼくたちがこだわっていたことはなんだったんだろうか?悲しくなった。すかいらーくが、MBOをするとか2500億円とか
言うニュースを先日聞いた。理由はあるんだろうけど、現状はこうなんだとおもったな。ファミリーレストランというひとつの形を作り上げ、たくさんのお客さんに支持され、いろんな街に店を出し。ぼくたちは、夜も昼も死ぬほど働いた。
安い給料で、しかし、こだわりや目標やいろんなものがあった、
いま、このつぶれた営業の中で若い店長はキッチンのアウトラインに立つのが見えた、そこそこなんとか20分弱で料理はテイクされる、彼のがんばりだろう、
しかし、若い店長の頭の中には夢とか目標とか、ないんだろうな・・
そう、感じた。
ぼくは、いま、独立しお店をもった、ぜんぜん、だめだ。しかし、ああお客さんがきてくれたよ、また、弁当たのでくれたよ、そういうのがすごく、うれしい。
感動する。あああ、こんなにたくさんのお客さんが来てくれてるのに、ありがたいなんて、「おもわないだろうな。」そう思った。
たぶん、俺もガストの店長のときは、そうおもったものだ。こなすので精一杯だ。そういうのは、肌で感じるのだ。お客さんは・・
だから、案内のこだわりと。いらっしゃませの声がおおきくげんきよく表現するもの大切さを教え教えられた。
この店にはなかった。オープン時の活気アルひとびとはいなかった。
辞めたのか辞めさされたのか、とぼけた二人の新人がとぼけた営業をしていた。
下げパンの理由はすぐ理解できた。下げ方がおそいのである、ひやたんひとつ
残していったり、ダスターを持たず営業したり、どのテーブルかどういう状況下にある黙視もしていない、ただひたすら。ベルスターに振り回されていた。
お冷提供をやめて、ランチスープ提供もセルフにして、その分、どこにいったのか、余計に悪いおとぼけのだるい動きになっている。
あああ、だめだ。
テーブルのさげものもおさまり、案内しだした。
「 お待たせしました・・」がない。
いきなり、何名の丸まるさま・・・禁煙席でよろしいですね、
とぼとぼ、案内し。ききとれないことを言った。・・・・7番」
「 ? 」 なにが?7番なんだ?
横のテーブルでも7番といっている、メニューもテーブルの上に無造作においてある。ああ、そうか、日替わりの7番のことか・・・・
オーダーをするためにベルスターを鳴らす。パブロフけんのように。これだけが早い。このベルスター導入でも俺は反対だった。いまだにロイホもデニーズも否定してる、彼らにはテーブルサービスのこだわりを持つ幹部がいるのだろう。
注文後、DBにいった。予測どうり氷がない、この現象もずっとだ。製氷機でも
横におけばいいのに、もう10年、同じことをしてる、
ぼくの料理がきた、ミニうどん。まずかった、だしがお湯だった。マグロご飯jは
大昔から同じだ。
自分のいた会社が、なぜか心配である、たくさんの人が辞めた。若い子は
会社のいいとこしかしらない、キャリアプランうんぬん、とすかいらーくのHPにのってるし、1999年入社でできのよい要領のよい、連中がのってる、
古いひとびとはいない、不思議におもわないのだろうか?
このパターンはもう30年やってる、きずかないのだろう、
ある友人がひどいことを言われたらしい。ファミレスを辞めて一般の企業に面接にいったら、そういう仕事はフリーター扱いだそうである。
傷ついた、怒った。許せない言葉だ。
ぼくは、こだわりを持ちプライドを持ち、胸をはり自分の仕事はどうどうとあるべきだ。
一般的に世間にそう思われているのは人材がよくないからだろう。
システムや、店舗数がすごいということを会長が自慢しても、それは自己満足ですよ。逆に負の遺産になりえないのです。
そこに、魂が吹き込まれていないのです。
悲しい、もう昔の思い出の店店はもうない、
そういう風土もない、。さようなら、